目的はささやかに、目標は高く（ビスマルク）
ビスマルクの格言に、「賢者は他人の経験に学び、愚者は自分の経験に学ぶ」というのがある。これも結構。誤解している人が多い。他人とは身の回りの人で、自分とは、本当に自分のことだと思っている。ビスマルクの言う他人とは、1000年以上、できれば古代ギリシャ・ローマの人々のことらしい。自分とは、同時代の人々のことである。すなわち、「歴史に学ぶ」ということである。同時代の人の経験は、情報が多すぎて本質を見極めるのが難しい。１０００年以上も前であれば、余計なものはのぞかれてエッセンスだけ残っている。世界の軍隊が、いまだにサラミスの海戦やハンニバルを研究しているのは、そういうことである。 こうなると、「愚者」にとっては、1０００年以上の前の出来事からエッセンスを抜き出すなんて、迂遠かつ禅問答で何のことだかさっぱり理解できないだろう。それができるからこそ賢者である。「失敗に学ぶ」というスローガンで事故事例を調査している団体が数多くあるが、ビスマルクにしてみれば「他人」の経験に学んでいるとは思えないだろう。これらの取り組みを否定するつもりはないが、せいぜい事故調査にすぎず「他人の経験に学ぶ」ための予備段階としか見てくれないだろう。 ところで、「目的はささやかに、目標は高く」という格言を残しているかどうかは知らないが、ビスマルクが実践してきたことはまさにそうである。ビスマルクの目的は、統一ドイツの実現であった。当時のドイツという概念は、オーストリアを含む大ドイツ主義と、オーストリアを除く小ドイツ主義の２つがあった。 目的としては大ドイツ主義が理想であるが、当時のオーストリアの盟主ハプスブルグ家は、リーダーとしての求心力を失っていた。それに対して、プロシャのホーエンツォルレン家は、実力はあるが格としてはハプスブルグ家に及びもつかなかった。ドイツ統一を実現するには小ドイツ主義が現実的であった。 ホーエンツォルレン家の最大のライバルは、バイエルン王国であった。小ドイツ主義でのドイツ統一の目標としては、バイエルン王国が最もふさわしいものであったが、当時、ドイツ統一を望まない急先鋒はフランスで、しかもフランス軍は世界最強と信じられていた。ビスマルクは、ささやかな小ドイツ主義下でのドイツ統一を達成するためには、フランスを屈服させなければならないことを見抜いていた。しかし、当時としてはあまりにも無謀な試みである。 結果としては、普仏戦争で完膚なきまでにフランスを叩きのめし、ドイツ統一を成し遂げた。ビスマルクの誤算は、フランスが思っていたよりは脆弱だったことだろう。普仏戦争で、プロシャの実力は世界に轟いたが、それに安住せずに、その後は協調外交を貫いた。
持続可能社会やブータンのような幸福度・満足度の高い社会を実現するというのは、目的としては素晴らしい。非常に高い目的である。原発さえ無くせば、実現できると思っている人がいるようだ。再生可能エネルギーや天然ガスで原発を代替するのもよい。これらで、持続可能社会や幸福度・満足度の高い社会を実現できると思う。それならば、ハードルは非常に高い。 原発よりも再生可能エネルギーや天然ガスなら容易であると思ったら、ビスマルクのモットーに反する。これらが原発よりも与しやすい技術であったら、目標が低いので、原発では実現できそうもない持続可能で幸福度・満足度の高い社会など実現できるはずもない。原発よりも遥かに難しいからこそ実現できるはずである。このあたりは、よく考えて物を言わないと、「愚者」のレッテルを貼られかねない。 非常に高い目的を達成するための目標が、再生可能エネルギーや天然ガスであれば、原発停止による電力不足という目先の問題を解決するには間に合わないのは明らかだ。 ビスマルクの目標設定は高かったが、そのためには20年近く準備と実績を着々と積み重ねていったのである。原発を再稼動することによって頓挫するような再生可能エネルギー、天然ガス、発送電分離であったら、所詮その程度のものであって、目標としては低すぎて、持続可能で幸福度・満足殿高い社会など実現できるはずもない。 「目的はささやかに、目標は高く」は、私もモットーとしているが、実現できていないのが、ビスマルクとは根本的に違う。 |
